日本語EnglishFrancaise中文(簡体字)中文(繁體字)韓国語  
   
  • 浜離宮恩賜庭園
  • 旧芝離宮恩賜庭園
  • 小石川後楽園
  • 六義園
  • 向島百花園
  • 清澄庭園
  • 旧古河庭園
  • 旧岩崎邸庭園
  • 殿ヶ谷戸庭園
特集 今が旬の庭園
庭園へ行こう。ホーム >今が旬の庭園 涼−滝浴み 文字サイズ変更文字を小さく文字を中くらいに文字を大きく
涼−滝浴み
“滝浴み(たきあみ)”とは夏の日に滝を浴びることや眺めること。今回の特集では、庭園の暑い夏をやりすごす天然の涼味スポットをご紹介します。水の流れ落ちる様と緑のざわめき具合がなんとも爽やかです。涼をとりにでかけませんか?

 江戸時代になると江戸や各地の大名屋敷の庭園に、滝はつくられるようになる。『遊歴雑記』(1815年頃)によれば、当時「武州(武蔵国)第一の名滝」とされていたのは、肥前国島原藩松平家の千代ヶ崎(目黒区)の下屋敷の滝だった。3段になっていて、長さが14メートル、幅が0.9〜2.4メートル、高さが10メートルほどあったという。この滝の様子は、歌川広重の『名所江戸百景 目黒千代が池』に、情緒豊かに描かれている。

 水戸徳川家の小石川後楽園は、『常陸帯(ひたちおび)』(1697年)に「滝をきくには音羽堂」とあるから、当初は「音羽滝」といわれたものが主要な滝だったらしい。『後楽園の記』(1784年)になると「池の汀にいて、かへりみ見れば滝おとし」というように、現在の「白糸の滝」ができている。ただし、当時の呼び名は「素麺の滝」だった。

 細工がされていて有名だったのは、尾張徳川家の戸山荘の「竜門の滝*」だろう。『和田戸山御成記』(1793)によると、この滝は来客がある時には水を止めておいて、客が滝の下を通ろうとする時をみはからって、どっと水を流し落とすようになっていた。あわてふためいて逃げ出したことを、あとで皆で話題にして大笑いするというものだった。

 滝は水の変化が楽しめて面白いのだが、庭園の滝をつくるのは難しい。石を組んで滝をつくっても、水を流さない限りどのような落ち方になるのかわからない。石組がよくできても、水量が少ないと貧弱な滝になってしまうから厄介だ。

 江戸の大名屋敷でも、滝の水を得るのに苦労している。江戸の町に水道として引かれていた、玉川・神田・千川などの上水を利用していた例が多い。無理をしてでも滝をつくろうとしたのは、涼しさを味わうためだけではなく、庭園のなかに動きのある景色を取り入れたかったからだろう。

*

尾張藩下屋敷の戸山荘庭園は、現在の戸山公園(新宿区戸山2・3丁目他)を中心に約45万m2に及ぶ広大なものだった。

滝のある庭園のご紹介
小石川後楽園小石川後楽園の詳細を見る

寛永6年(1629)水戸徳川家の祖である頼房が中屋敷としてつくり、二代藩主光圀(黄門様)の代に完成した庭園。大泉水に北側から注ぐ流れに「白糸の滝」がかかり、大泉水の南側、緑陰の延段をたどると木曽川に「寝覚の滝」が落ち込んでいる。ほかに通天橋の手前に「音羽滝」の見事な石組があるが、今は水はない。入園口を入って右手に「枯滝」も見ることができる。

黄門様の庭の中心的景観、大泉水には蓬莱島が浮かぶ。

「白糸の滝」は千条の糸をかけたように柔らかげで美しく、沢渡りからの眺めは素晴らしい。

「寝覚の滝」の名は木曽路の名所にちなみ木曽川に落ちる。

滝のある庭園のご紹介に戻る

六義園六義園の詳細を見る

五代将軍徳川綱吉に信の厚かった柳沢吉保により元禄15年(1702)に築庭されたこの庭園は、吉保の和歌趣味を反映して優美な雰囲気を醸し出す。「滝」も断崖を落下するのではなく、岩場を駆け下る。その滝は滝見茶屋の傍らにあり、庭内十二境の一つ、紀川上の景色の中に枕流洞(まくらのほら)からほとばしる。

サツキの時期の池畔はひときわ美しい。

「滝」も含め和歌に詠まれた紀川上をあらわしている。滝に名はない。

滝のある庭園のご紹介に戻る

旧古河庭園旧古河庭園の詳細を見る

大正初期につくられたこの庭園は、台地の斜面にジョサイア・コンドル設計の洋館と洋風庭園、低地に小川治兵衛作庭の日本庭園が広がる。滝は日本庭園にあり、十数メートルの高所から流れ落ちる「大滝」は、深山幽谷の趣をかもし、数段の小滝から最後は深い淵に落ちるという凝ったつくり。心字池にのぞむ大きな雪見灯籠のそばには「枯滝」もある。

日本庭園は京都の庭師・植治こと小川治兵衛の作庭。

「大滝」は最も勾配の急な箇所を断崖として、濃い樹林の中から落下する。

滝のある庭園のご紹介に戻る

清澄庭園清澄庭園の詳細を見る

この庭園は荒廃していた大名屋敷跡を三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎が買い取り、社員の慰安や迎賓館として明治13年(1880)に深川親睦園の名でつくられたもの。大泉水はかつては隅田川の水を引き、全国の銘石を配した庭に水の流れる滝はないが「枯滝」がある。富士山(築山)の麓に紀州青石、伊豆磯石、玉砂利などで組まれた枯滝は大泉水に注ぐ趣向。

磯渡りから涼亭を望む、この庭で最も美しい景観。

「枯滝」はその流れが、あたかも池に流れ込むよう。

滝のある庭園のご紹介に戻る

旧芝離宮恩賜庭園旧芝離宮恩賜庭園の詳細を見る

延宝6年(1678)に老中大久保忠朝の邸地となり、上屋敷が建てられたのが始まりといい、小石川後楽園とともに最も古い大名庭園の一つ。泉水はもともと海水を引き入れた “潮入の池”だった。この庭も滝は「枯滝」であり、巨石による石組は山峡を流れ落ちる滝を彷彿とさせる。

大山(築山)からの眺望。もとは埋立地だったため開放感が魅力。

「枯滝」は大山の麓に組まれ、河床を通って景観の変化が楽しめる。

滝のある庭園のご紹介に戻る

殿ヶ谷戸庭園殿ヶ谷戸庭園の詳細を見る

大正4年(1915)に後の満鉄副総裁、江口定條の別荘として整備され、その後、三菱財閥岩崎家の別邸だった庭園。国分寺崖線(ハケ)の植生と地形を巧みに生かし、崖の上下で雰囲気が一変する構成が見どころの一つ。崖下に次郎弁天の池があり、「滝」はそれを見下ろす紅葉亭の直下を駆け下って池に落下する。

ハケの自然を生かした園内では多くの野草も楽しめる。

「滝」は紅葉亭下の急崖を落下する。亭名のとおりここは紅葉名所。

滝のある庭園のご紹介に戻る

当協会発行の情報誌『「緑と水」のひろば48号 特集:庭の滝 森の滝/飛田範夫』より引用

 
ページの上部へ
 
庭園へ行こう。ホーム >今が旬の庭園 涼−滝浴み
 
東京都公園協会のご案内お問い合わせ
サイトポリシー・ガイダンス個人情報の取扱について Copyright © 公益財団法人 東京都公園協会. All rights reserved.